味噌へのこだわり。こだわりの一品を作るために選び抜いた『府中味噌』

 

高玉の味噌漬けで使用している味噌は、甘さ控えめの府中味噌。さっぱりとした味わいを銀鱈と共にお召し上がり下さい。

こだわりの味噌

九州・博多は、味にうるさい食通の多い町。そんな博多で創業三十余年にわたり、つねに食通の舌をもてなして来た寿司・割烹 高玉(こうぎょく)。

常連のお客様にお出ししていた銀鱈の味噌漬を「ぜひお土産に」との声がクチコミで広がり、今ではお客様からお問い合わせをいただくまでになりました。そんな、『見度付け~銀鱈~』の深い味わいを醸し出すために、高玉は素材選びからこだわります。

味噌には、400年の伝統を持つ府中味噌を使用。備後の良質な大粒大豆、芦田川金力米、深津荘の食塩と水で作られた府中味噌に、高玉独自の製法を加えて、新鮮な銀鱈を料理長が一つ一つ丹念に漬け込んでおります。

府中に味噌有り。

古くから醸造の盛んな『府中市』は中国山地の豊かな自然に恵まれた備後国府の地。古い記録によれば、奈良で開かれた博覧会で『白味噌』が最高賞を受賞。全国に名を馳せたとあります。また、府中は山陽道から出雲道への要衝の地で、諸国人の出入りが多く、旅人の土産として郷里に持ち帰られたり、地場産業の業者が取引先へ進物として全国へと広まりました。

当時、大戸久三郎から白味噌を献上された福山藩主水野公は、その絶妙な味を賞し、参勤交代の道中に、『山陽道』、『道街道』の道筋の諸大名たちに白味噌を贈呈しました。諸大名たちはその味を賞賛し、府中味噌を競って注文。かくして、『府中に味噌有り』と当時の特権上流階級を中心に全国に名を馳せ、今日の名声の基礎を作ったのです。

味噌は長寿の源?

そんな味噌のルーツは古く、平城京には、味噌を売る店が朝廷によって開かれていましたが、当時味噌は貴族にしか口に入らない高級品でした。この頃の味噌は乾いた納豆のようなもので、食品につけたりそのまま食べており、『味噌汁』が作られたのは鎌倉時代に入ってから。ご飯・味噌汁・おかず、という栄養バランスの取れた武士の食事は、今でも私たちの基本です。

戦国時代では大切な栄養源として諸大名は競って味噌を作らせました。平均寿命が37~38歳だった時代に、75歳まで生きた『徳川家康』は毎日、大根などの実が入った味噌汁を欠かさなかったと言われています。代々将軍の食膳には、いつも味噌汁が添えられており、長く続いた江戸時代の幕府の力を生み出したのかもしれませんね。

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